「昔は団体旅行が多かった」は本当か?温泉街と団体旅行の意外な関係

温泉街の廃墟を語る文脈で必ず出てくるのが「昔は団体旅行客が多かった」という言葉です。

確かにそれは事実です。でも少し立ち止まって考えてみると、「昔から今まで、日本人みんながずっと団体旅行していたわけではない」ということに気づきます。実は団体旅行が全盛だった時代は、歴史的に見ると意外と短い期間なのです。

この記事では、日本の旅行文化の変遷と、なぜ団体旅行が生まれ、なぜ消えたのかを詳しく解説します。さらに、団体旅行が消えたことで何が失われたのか——その弊害についても考えます。「昔は良かった」という視点を超えて、これからの温泉地のあり方を考えるヒントにもなればと思います。


目次

「旅行できる」こと自体が特別だった時代

にゃもも

昔の人たちって旅行はどうやっていたんですか?

グリーンリーブ

江戸時代まで遡ると、庶民にとって旅行は基本的にできなかったんだよ。移動の自由が制限されていた時代だから。旅ができたのは参勤交代の武士か、お伊勢参りのような宗教的な目的がある場合くらい。

スイレン

じゃの、旅行が自由にできるようになったのってそんなに最近なんか。

くろと

明治維新以降、移動の自由が広がりますが、鉄道網の整備が進む前は旅行に行ける人はまだ限られていました。庶民が気軽に旅行できるようになったのは、昭和に入ってからと言っても過言ではありません。

江戸時代の「旅行」とはお伊勢参りだった

江戸時代に許されていた旅の最大のものがお伊勢参りです。伊勢神宮への参詣は「宗教的目的の旅」として幕府に認められており、当時の庶民にとって一生に一度の大旅行でした。

グリーンリーブ

お伊勢参りの人気は凄まじくて、江戸時代には数百万人が参詣に訪れた記録もある。でも現代のような「観光目的の旅行」とはまったく別物だよ。

にゃもも

宗教的な目的があれば旅できたんですね。逆に言えば、それ以外では旅できなかったと。

くろと

通行手形が必要で、藩の外に出るには許可が必要でした。旅をすること自体が、現代とは比べ物にならないほど制限されていた時代でした。

温泉地も江戸時代から存在していましたが、その利用者は一部の武士・商人・富裕層に限られていました。庶民が「気分転換に温泉へ」という感覚で旅する時代ではなかったのです。


明治・大正:鉄道が旅を変えた

明治維新(1868年)以降、旅行の形は大きく変わっていきます。最大の変化は鉄道の開通です。1872年(明治5年)、新橋〜横浜間に日本初の鉄道が開通しました。その後、全国に鉄道網が拡大するにつれ、旅行の速度と範囲が劇的に広がりました。

グリーンリーブ

それまで徒歩で数日かかっていた移動が、鉄道を使えば半日や数時間になる。これは旅行の可能性を根本から変えたんだよ。

スイレン

鉄道があれば速く動けるじゃの。それで旅行に行く人が増えたわけか。

大正時代になると、鉄道の普及とともに旅行が少しずつ庶民にも広がっていきます。ただし、まだ費用・時間の制約があり、旅行は「特別なこと」の域を出ませんでした。この時代に生まれたのが旅館文化の原型です。街道沿い・温泉地・観光地に旅館が整備され、旅行者を迎える受け皿が少しずつ作られていきました。


戦前〜戦後:旅行よりも生活

1930年代に入ると、日本は戦時体制へと向かっていきます。物資不足・移動制限・戦争の激化により、旅行どころではない時代が続きます。

太平洋戦争終戦(1945年)後、日本は焼け野原からの再建期に入ります。食料不足・住宅不足・物価の急騰——旅行に時間とお金を使う余裕は、ほとんどの人にはありませんでした。

くろと

戦後すぐの時代は、旅行よりも生活再建が優先という時代です。温泉地も戦争の影響を受けており、施設が荒廃していたケースも多かったと聞きます。

グリーンリーブ

1950年代前半はまだ旅行が贅沢品だった時代だよ。それが1960年代以降の高度経済成長で一気に変わっていく。


団体旅行が生まれた背景:高度経済成長という特殊環境

日本で団体旅行が普及したのは、1960〜1980年代の高度経済成長期です。この時代は非常に特殊な環境でした。

①企業の好景気と慰安旅行文化の誕生

日本経済が急成長し、企業の業績が上がり続けました。その恩恵として、社員への福利厚生も手厚くなっていきます。「会社の慰安旅行」は当時の職場文化として当たり前に存在していた行事でした。

グリーンリーブ

会社が社員全員を温泉旅館に連れて行く、というのが普通の時代があったんだよ。100〜200人規模の工場や会社が、バスを何台も仕立てて温泉地へ向かう。

スイレン

うわ、すごいじゃの。今じゃ考えられんな。

慰安旅行は単なる娯楽ではなく、職場の結束を高める「社内行事」として機能していました。参加は実質的に義務的な雰囲気があり、全員が一緒に旅行するのが当たり前でした。

②新幹線の開通(1964年)と旅行の大衆化

にゃもも

1964年は東京オリンピックの年ですね。新幹線と同時に旅行文化も変わったんですね。

グリーンリーブ

東海道新幹線の開通で、東京〜大阪間が3時間ほどになりました。それまで数時間かかっていた移動が短縮され、日本全国が旅行の対象になっていった

旅行会社(JTBなど)が団体向けパックツアーを整備し、旅館・交通・食事をセットで手配できる仕組みが普及したことも、団体旅行の拡大を後押ししました。幹事が1人でまとめて手配できる便利さが、企業の慰安旅行を促進しました。

③旅行文化の民主化

戦後の経済成長で可処分所得が増え、「旅行は贅沢なもの」から「みんなが行くもの」へと意識が変わりました。

テレビの普及により観光地の情報が広まり、「あの温泉地へ行ってみたい」という憧れも育まれました。

旅行は「特別なこと」から「みんながやること」になり、温泉地への旅は昭和の日本人にとって身近な楽しみになりました。

グリーンリーブ

高度経済成長期というのは、歴史的に見ると非常に特殊な時代です。あれほど急激に経済が成長した時期は前にも後にもない。その特殊な時代に合わせて生まれた旅行文化が団体旅行!


実は「団体旅行全盛時代」は約30年しかない

団体旅行のイメージ(AI生成)

ここが重要なポイントです。

時代旅行スタイル
江戸〜明治庶民の旅行はほぼ不可能。参詣旅行が例外的
大正〜戦前鉄道の普及で旅行が徐々に広がるが限定的
戦後〜1960年代前半復興期。旅行より生活再建が優先。旅行はまだ贅沢
1960〜1990年代団体旅行全盛期。高度成長・バブルの恩恵
1990年代以降バブル崩壊・個人旅行志向・団体旅行の急速な衰退
2000年代〜現在個人旅行・少人数旅行・体験型旅行が主流

団体旅行の全盛期はせいぜい30年程度です。日本の歴史全体から見れば、ごく短い期間に過ぎません。

にゃもも

日本の歴史で言えばほんの最近の、特殊な時代の旅行文化だったわけですね。

グリーンリーブ

そう。団体旅行客が温泉街に押し寄せていた時代は、今から考えると「例外的な好景気の産物」だったと言える。問題なのは、旅館側がそれを「これからも続く当たり前のもの」として大型化を進めてしまったことだ。

スイレン

ふっ……つまり、ずっとは続かないと思っとけよってことじゃな。

バブル期がさらに拍車をかけた

1980年代後半のバブル経済期には、団体旅行の規模がさらに大きくなりました。

企業の業績好調が続き、接待旅行・慰安旅行の予算も膨らんでいきました。

温泉旅館側も「もっと大きく・もっと豪華に」の方向で投資を続けました。

新館の増築・宴会場の拡大・高級食材の仕入れ強化——バブルの恩恵を最大限取り込もうとしたのは当然の経営判断でした。しかし、バブルは1991年に崩壊します。


なぜ団体旅行は消えたのか?

1990年代以降、団体旅行が急速に衰退した理由は複合的です。単一の原因ではなく、複数の構造的な変化が重なった結果です。

①バブル崩壊:慰安旅行という「コスト」が真っ先に削られた

1991年のバブル崩壊は、日本の旅行文化に決定的な打撃を与えました。企業業績が急激に悪化し、コスト削減の嵐が吹き荒れた時代、最初に槍玉に挙げられたのが「社員旅行」や「接待旅行」でした。

バブル期には当たり前だった「年1回は全社員で温泉旅館」という慣行が、一夜にして「贅沢なコスト」に変わったのです。

財務担当者の視点から見れば、売上に直結しない福利厚生費は削りやすい経費の筆頭でした。

くろと

バブル崩壊直後、企業は経費削減を迫られます。社員旅行はそのターゲットになりやすかった。必要不可欠ではないコストとして、まず削られてしまう。

グリーンリーブ

旅館の客数が急減したのも、ちょうどバブル崩壊後の数年だよ。あの急落は旅館にとって本当に打撃だったと思う。

温泉旅館の経営統計を見ると、1990年代前半を境に廃業件数が急増しています。

バブル期に借金をして増築した旅館ほど、団体客が消えた瞬間に資金繰りが立ち行かなくなりました。「ちょうど増築が終わった年にバブルが崩壊した」という話は、当時の温泉地では珍しくありませんでした。

②職場文化の変化:「強制参加の旅行」を嫌がる時代へ

経済的な理由だけでなく、職場文化そのものも大きく変わりました。

高度成長期には「会社の仲間と一緒に旅行して絆を深める」という価値観が共有されていました。

ところが1990年代以降、個人の権利意識の向上とともに、「仕事とプライベートは分けたい」という考え方が急速に広まっていきます。

くろと

今の時代、会社の慰安旅行を義務として行う企業はほとんどないですよね。あっても参加は任意です。

グリーンリーブ

嫌というより、個人の時間を大切にしたいという価値観が広まったんだよ。旅行は家族や友人と行くもの、という考え方になっていった。

さらに2000年代以降、ハラスメント概念の普及が大きく影響しました。

「参加しないと評価に影響する」「断りにくい雰囲気の旅行」はパワーハラスメントとして問題視されるようになります。

企業のコンプライアンス意識が高まるにつれ、強制力のある集団行動を企業が企画すること自体がリスクになっていきました。

「会社の人と一緒に旅行しなければならない」というプレッシャーは、今の感覚では理解しにくいかもしれません。

しかし高度成長期の職場文化では、こうした集団行動が「絆を深めるもの」として肯定されていました。

時代の変化が職場の在り方そのものを変えた結果、団体旅行も自然に消えていきました。

③少子化と産業構造の変化:そもそも「大人数の職場」が減った

団体旅行を支えていた大企業・大工場の大人数の社員が、少子化・人口減少・産業構造の変化によって減少していきました。

1970〜80年代の大型工場や大企業には、数百〜数千人の従業員がいるケースも珍しくありませんでした。

これだけの規模があれば、慰安旅行の団体も大きくなります。

しかし製造業の海外移転・産業のサービス化・少子化による労働力人口の変化により、そもそも「大人数で旅行を企画できる規模の職場」が減っていきました。

にゃもも

確かに最近は小さな会社も多いですし、フリーランスや在宅ワークの人も増えましたよね。

グリーンリーブ

職場の形が変わったんだよ。同じ職場で何年も働き続ける終身雇用の時代と、転職・副業・リモートワークが当たり前の時代では、「会社の仲間」という意識の強さがまったく違う。

④インターネットの登場:旅行会社を「中抜き」する時代へ

団体旅行衰退に決定的な影響を与えたもうひとつの大きな要因が、インターネットの普及です。

1990年代後半から2000年代にかけて、インターネットが一般家庭に普及します。これは旅行産業にとって構造変革そのものでした。

旅行会社の「中抜き」が起きた

それまでは旅行の手配に旅行会社が必須でした。宿・交通・食事をまとめて手配してくれる旅行会社は、旅行者と宿・交通機関の間に立つ「不可欠な存在」でした。ところがインターネットによって、個人が直接宿に予約できる時代が来ます。

グリーンリーブ

楽天トラベルやじゃらんが出てきた2000年代初頭から、旅行会社を通さずに個人で宿を予約するのが当たり前になっていったんだよ。

くろと

今はOTA(オンライン旅行代理店)ですね。Booking.comやExpediaも参入して、選択肢が格段に増えました。

OTA(Online Travel Agency)の普及は、旅行のあり方を根本から変えました。

旅行会社のパンフレットからしか情報を得られなかった時代と違い、数百・数千の宿を価格・口コミ・写真で比較して自由に選べる。

当然、旅行会社がパッケージ化した「団体ツアー」に乗る必要性が薄れていきます。

口コミサイトが「旅館の格付け」を変えた

インターネット以前、旅館の評価は旅行会社の営業担当者や旅行雑誌のランキングが基準でした。

しかし口コミサイト(トリップアドバイザー、じゃらんの口コミ、Googleレビューなど)の普及により、実際に宿泊した旅行者の声がリアルタイムで世界に公開されるようになります。

にゃもも

旅行に行く前に口コミをチェックするのが当たり前になりましたよね。悪い口コミがあると一気に客が離れそうで。

グリーンリーブ

そうなんだ。旅行会社から送られてくる団体客は「口コミを書かない客」なんだよ。でも個人旅行者は口コミを書く。口コミが積み重なると評判が可視化されて、良い宿と悪い宿の差がはっきり出るようになった。

この変化は旅館にとって諸刃の剣でした。良い評価が集まれば新客を呼び込めますが、悪い評価がひとつ広まれば取り返しのつかないダメージを受けるリスクが生まれました。「団体客をさばくだけで良かった時代」から、個々の旅行者を満足させ続けなければならない時代になったのです。

SNSが旅行スタイルを「個性化」させた

2010年代以降はSNS(Facebook・Instagram・Twitter・TikTokなど)の普及が旅行文化をさらに変えました。旅行は「みんなと同じ有名観光地へ行くもの」から「自分だけの体験をSNSでシェアするもの」へと変わっていきます。

にゃもも

インスタグラムでおしゃれな旅館の写真を見て「ここに行きたい!」って思って調べて予約する、という流れ、すごくよくわかります。

くろと

SNSは個人旅行との相性が非常に良いですね。大人数の団体旅行では「自分だけの写真」が撮れませんが、個人旅行なら自由な構図で撮影して発信できます。

グリーンリーブ

旅行会社のパンフレットに載っているような「定番の観光地」より、SNSで見つけた「穴場・個性的な宿」の方が注目を集める時代になった。これは団体向けの大型旅館には構造的に不利な変化だよ。

⑤旅行の選択肢の爆発的な多様化

インターネット普及と並行して、旅行の選択肢そのものが爆発的に増えました。

1990年代以降の海外旅行の大衆化も大きな変化です。バブル期以降、円高の恩恵を受けて海外旅行費用が下がり、韓国・台湾・東南アジアへのパックツアーが手の届く価格になりました。2010年代のLCC(格安航空会社)の普及でさらに加速し、「国内温泉旅館の団体旅行」の競合相手が「海外旅行」にまで広がりました。

にゃもも

慰安旅行で国内温泉に行くより、海外旅行の方が「特別感がある」という感覚になっていったんでしょうか。

グリーンリーブ

まさに。特に1990年代後半から2000年代にかけて、「会社の旅行予算で韓国・台湾に行こう」というケースが増えていったんだよ。国内の温泉地にとっては、海外という新たな競合が登場した形だ。


団体旅行が消えたことで起きた弊害

団体旅行の衰退は「旅行の自由化・個人化」というポジティブな変化と表裏一体でしたが、同時に深刻な弊害も生み出しました。

①温泉旅館の大量廃業

鬼怒川温泉の廃墟群(この写真は本当に撮影したもの)

最も直接的な打撃を受けたのは温泉旅館です。バブル期に多額の借金をして増築・改装した旅館が、団体客の消滅とともに資金繰りに行き詰まりました。

旅館の廃業件数は1990年代以降に激増します。観光庁の統計では、旅館の軒数はピーク時(1980年代末)から現在にかけて大幅に減少しており、数十年で半数以下になった温泉地も少なくありません。

グリーンリーブ

廃業した旅館の建物がそのまま残ると、いわゆる「廃墟旅館」になるんだよ。温泉街の廃墟問題の多くは、団体旅行衰退とバブル崩壊がセットになって生まれた問題だ。

くろと

廃墟になった旅館は景観を損ない、温泉街全体のイメージを悪化させるという悪循環もありますね。

スイレン

ふっ……団体客を前提に建てた旅館が、その団体客が消えた途端に負の遺産になってしまったわけじゃな。

②温泉街・観光地の過疎化と地域経済の崩壊

旅館が廃業すると、その影響は旅館だけに留まりません。温泉街を支える周辺産業が連鎖的にダメージを受けます

旅館が繁盛していた時代、温泉街には土産物店・飲食店・射的屋・カラオケ・スナックなどが軒を連ねていました。

団体客が夕食後に旅館の外を散策しながらお金を落としていく——この「外湯・夜の街歩き消費」が温泉街の商業を支えていたのです。

団体客が消え、旅館が廃業すると、目の前の集客源がなくなります。土産物店・飲食店も次々と閉店し、温泉街がシャッター街化していきます。人口が減り、若者が離れ、温泉街の過疎化が進みます。

にゃもも

温泉地に行くと、昔は賑やかだったんだろうなと感じるシャッター商店街をよく見ます。

グリーンリーブ

あれは団体旅行時代の名残なんだよ。団体客が宴会後に街を歩いて土産を買うことを前提に作られた商業街が、客の形が変わってしまって機能しなくなった。

③旅行会社・観光バス業界への打撃

団体旅行を支えていた産業インフラも大きなダメージを受けました。

旅行会社の縮小:団体旅行のコーディネートを主業務としていた中小旅行会社が、業務量の急減とインターネットによる中抜きで廃業・縮小を迫られました。大手旅行会社(JTB・近畿日本ツーリストなど)も、パッケージツアーから個人向けサービスへの転換を余儀なくされています。

貸切バス業界の苦境:団体旅行のバス輸送を担っていた観光バス(貸切バス)業界も、需要の急減と規制強化という二重の圧力に苦しんでいます。バス会社の廃業・統合が相次ぎ、地方の観光バス事業者の減少が続いています。

くろと

旅行会社やバス会社だけでなく、旅館に食材を卸す業者、布団や寝具を管理するリネンサプライ業者、団体向けの荷物を運ぶ宅配業者——団体旅行を前提とした産業が広く影響を受けているんです。

④観光地の「二極化」が進んだ

団体旅行の衰退は、観光地の二極化を加速させました。

個人旅行・インバウンド(外国人観光客)時代に適応できた観光地は、SNS映えする施設・多言語対応・独自の体験コンテンツを整えて繁盛しています。一方で、団体旅行に特化したまま変化できなかった観光地は、客足が遠のき衰退していきました。

グリーンリーブ

人気が集中する観光地はオーバーツーリズムに苦しみ、一方で衰退した温泉街は過疎化に苦しんでいる。この二極化は団体旅行という「全国への均等な分散効果」が失われた結果とも言えるんだ。

にゃもも

団体旅行があった頃は、全国の温泉地に平均的に客が来ていたということですか?

グリーンリーブ

そうだよ。旅行会社が全国の温泉地に団体を均等に振り分けていた側面がある。でも個人旅行では情報が強い観光地に客が集中する。SNSで話題にならない地方の温泉地には、なかなか光が当たらない。

⑤若者の旅行離れとの相乗効果

団体旅行の衰退と同時期に進んだのが、若者の旅行離れです。

可処分所得の減少・非正規雇用の増加・休暇取得の難しさ・エンタメ選択肢の多様化(ゲーム・動画・SNSなど)により、旅行に行かない若者が増えました。

かつての団体旅行には「会社が費用を払ってくれる」という側面がありました。自分で費用を出さなくても旅館に泊まれる機会が、慰安旅行という形で定期的に提供されていたのです。その機会が消えたことで、若い世代が温泉旅館に泊まる体験をする機会そのものが失われてしまいました。

にゃもも

言われてみると、温泉旅館って親や会社に連れて行ってもらって初めて経験するイメージがあります。自分でお金を出して予約するのはハードルが高い気がして。

くろと

そのハードルの高さが、「温泉旅館はなんとなく高齢者向け」「特別な時しか行かない場所」というイメージを強化してしまっている面があります。

グリーンリーブ

慰安旅行がなくなったことで、温泉旅館の「体験機会」が若い世代から失われた。これが長期的な顧客離れにつながっているのは間違いないと思うよ。


「昔は良かった」という話が危ない理由

くろと

温泉街の経営者の方が「昔は団体客でにぎわっていたのに」とおっしゃることは多いです。でもそれは、特殊な時代の特殊な需要を前提にしてしまっているという点で、危険な認識かも。

グリーンリーブ

そうだね。団体旅行が全盛だった30年が「普通の状態」で、今が「異常な状態」という認識だと、解決策の方向性がずれてしまう。

スイレン

ふっ……団体旅行がずっと続くと思ってたのが間違いだったってことじゃな。

にゃもも

では今の時代に合わせて、旅行スタイルの変化に対応していくことが必要なんですね。

「昔に戻す」ことを目指しても意味がありません。

団体旅行時代を「普通」として戻ることを期待するのではなく、個人旅行・少人数旅行・体験型旅行が主流となった現在の旅行文化に合わせた設計をする——それが温泉地の今後に必要な視点です。

過去の成功モデルへの固執が招くのは悪循環です。

大宴会場・大型バス駐車場・大人数対応の浴場——これらに投資しても、そもそも団体旅行の需要は戻ってきません。

むしろ、現代の旅行者が求める「少人数のプライベート感」「個性ある体験」「SNS映えする空間」とは逆の方向に投資することになります。


現代の旅行文化:何が変わったのか

項目団体旅行時代(1960〜80年代)現代(2020年代)
グループサイズ50〜100人以上1〜6人程度
旅行の目的職場の結束・団体の娯楽個人の癒し・体験・SNS共有
情報収集旅行会社・パンフレットSNS・口コミサイト・OTA
宿泊スタイル大型旅館・大部屋個室・一棟貸し・ブティックホテル
食事スタイル大宴会・大人数の宴席少人数の食事・地元食材へのこだわり
旅の価値観みんなと同じ体験自分だけの体験・オリジナルな思い出
スイレン

今の旅行って、自分のペースで動きたいってことじゃな。

グリーンリーブ

そうだよ。旅行に求めるものが根本から変わった。だから旅館も変わらなければいけないし、温泉地全体の設計を見直す必要がある。


まとめ:団体旅行は「例外の時代」だった

ポイント内容
全盛期間約30年(1960〜1990年代)
背景高度経済成長・企業の好景気・鉄道整備・旅行の民主化
衰退原因バブル崩壊・職場文化変化・少子化・インターネット・旅行多様化
弊害旅館廃業・温泉街過疎化・旅行会社縮小・観光地の二極化
現在の主流個人旅行・少人数旅行・体験型旅行
必要な視点「昔に戻す」ではなく「現代に合わせる」

「昔は団体旅行客が多かった」は事実ですが、それは日本の旅行文化全体から見れば例外的な時代でした。バブル崩壊・職場文化の変化・インターネットの普及という複数の変化が重なって団体旅行は消えていき、その結果として温泉街の廃墟・過疎化・地域経済の崩壊という弊害が生まれました。

その前提を正しく認識した上で、これからの温泉地を考える必要があります。過去の成功に戻ることを目指すのではなく、現代の旅行者が求める「個性ある体験・プライベートな空間・その場所でしか得られないもの」を提供できる温泉地こそが、これからの時代に選ばれるのではないでしょうか。

くろと

過去の遺産をどう現代に活かすか、という視点が重要ですね。捨てるのではなく、変換する。

グリーンリーブ

建物は変えられなくても、使い方は変えられる。コンセプトは変えられる。どんな客に来てほしいか、どんな体験を提供するか——ここを見直すだけで旅館の印象はガラッと変わることがある。

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この記事を書いた人

鉄道旅行を中心に、飛行機・フェリー・バスなど「交通」全般を愛する旅行マニア。2023年より、趣味を形にするため「タビブロ」を開始。 一人旅で全国を巡り、目標は47都道府県制覇!ブログでは自作のオリジナルキャラクター(グリーンリーブ、すいれん等)をナビゲーターに据え、独自の視点で旅の魅力を発信中。現在は「キャラクターメイン化」や「3DCG Gen2」による次世代の創作活動開発にも挑戦しています。旅のプロセスそのものを楽しむ、そんな記録をお届けします。

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